人的資本経営とは、人材への投資を事業戦略や企業価値の向上につなげる経営の考え方です。開示や施策の実施だけでは投資効果を説明しにくく、育成、採用、異動、配置を分断せずに扱う必要があります。大企業では、人材データを経営判断に結び付け、生産性や収益力への貢献を示すことが課題です。
このレポートは、2026年開催の「人的資本経営」に関連する講演をもとに作成されています。掲載講演の関心は、人材情報の開示から、AI(人工知能)を用いた戦略配置と育成の実装へ移っています。一貫しているのは、人への投資を経営戦略と企業価値にどう結び付けるかという問題意識です。近年は特に、人的資本ROI(人材投資の収益性)と労働生産性の可視化、人材データに基づく配置の議論が増えています。
2026年(AIファーストで人的資本をROIに変える実装)
2026年の人的資本経営で企業が直面した中心課題は、人材への投資を開示項目として整えるだけでは、経営戦略や企業価値との接続を説明できないことでした。経済産業省の「人材版伊藤レポート2.0」が示してきたように、人材戦略を経営戦略と連動させる必要性は共有されてきましたが、現場では育成、採用、異動、配置の判断が分断され、人への投資が生産性や収益力にどう結び付いたかを追跡しにくい状態が残りました。エンゲージメント調査や研修の実施といった従来策は、人事施策の実行を示せても、投資対効果を経営に示すには足りなくなっています。
このため取り組みは、静的な人材情報の集計から、事業戦略に応じて人材を組み替える「実装」へ移りました。ビズスタに掲載されている講演では、CHROやHRBPの機能強化、育成・採用・異動を一体で扱う動的人材ポートフォリオ、Talent Intelligenceとしての人材データとAI活用が主要論点になっています。AIによって従来は人事部門内に散在し、埋もれがちだったスキル、評価、配置可能性の情報を経営判断に接続し、候補者の発掘や戦略配置まで進められる可能性が具体化しました。ただしAIは人事判断を代替する道具ではなく、事業に必要な人材像を定義したうえで、判断の速度と精度を高める基盤として位置付けられています。
その変化を最も明確に表すのが、SOMPOホールディングス株式会社による人的資本ROIと労働生産性の可視化です。原伸一氏が担うこの実践は、人への投資を理念や制度の説明で終わらせず、ROIと生産性という経営指標で捉え直そうとするものです。数値成果は掲載概要に示されていませんが、可視化自体が、人事施策をコストではなく投資として評価するための重要な到達点です。また、株式会社リクルートマネジメントソリューションズは360°サーベイ「PRO-MOA(プロモア)」を用い、従来の選抜では埋もれていた人材を発掘し、経営戦略に沿って配置する方法を提示しました。さらにJX金属株式会社とハウス食品グループ本社株式会社の登壇は、AIを人の力の最大化と次世代の組織変革を加速する論点に置いています。これらが示すのは、人的資本経営の成果が制度保有ではなく、配置と生産性の変化で問われ始めたことです。
共通する潮流は、人事データを「報告のための数字」から「事業を動かす判断材料」へ転換することにあります。外部人事プロの活用でも、永島寛之氏が10社の顧問契約で得た成功・失敗の実例を扱ったように、足りない専門性を補うだけでなく、依頼目的と経営課題を明確にすることが実装の前提となりました。IPAの「DX白書」でもデータ活用と人材の課題が指摘されているなか、2026年はAIファーストで人材情報を統合し、戦略配置、育成、投資評価を循環させる年でした。翌年は、可視化した人的資本ROIをもとに、どの人材投資を拡大・見直すかまで経営会議で意思決定できる企業と、開示・施策運用にとどまる企業との差が広がるでしょう。
全体を通じて、掲載講演では、人材データを報告のための数字ではなく、事業を動かす判断材料として扱う構図が示されています。議論の中心は、人事施策の実行から、戦略配置、育成、投資評価を結び付けて生産性を捉える段階へ移っています。
※登壇者の氏名・所属・役職は講演開催当時の情報です。現在の所属・役職とは異なる場合があります。
※本レポートは、ビズスタに掲載された「人的資本経営の成功事例」をテーマにした講演情報を元に傾向を分析しています。
※市場環境の参照:経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」、IPA「DX白書」
編集者:ビズスタ市場調査チーム