新規事業とは、既存事業の延長では捉えにくい顧客課題や市場変化に対応し、次の収益の柱を育てる経営活動です。大企業では、技術や顧客基盤などの資産を生かしながら、顧客検証、事業化、既存組織との接続を進め、資源配分と撤退判断を行うことが課題です。
このレポートは、2019〜2026年開催の「新規事業」に関連する講演をもとに作成されています。掲載講演の関心は、制度整備から、コロナ禍での事業変革、顧客検証と市場実装を経て、AI活用と共創へ移りました。一貫しているのは、既存資産を生かしながら事業化を継続する組織能力への問題意識です。近年は特に、PMF(顧客に受け入れられる状態)の見極めと、外部連携や撤退を含む資源配分が議論されています。
2026年(AIファーストで「社内案」から共創実装へ)
2026年の新規事業における中心課題は、アイデアを出すことではなく、既存事業の延長では捉えられない市場を見極め、社内外の資産を動員して事業化まで到達することでした。2025年には着工・撤退の質や外部人材の活用が焦点でしたが、2026年は経営戦略との接続、PMF、社会実装、出口設計までを一体で設計する段階へ移っています。IPA「DX白書」でも、DXを事業変革へ結び付けることが課題として挙げられています。従来の社内公募やPoCだけでは、既存部門の評価軸、意思決定の遅さ、顧客検証の不足に阻まれ、事業が育たないという問題が明確になりました。
そのため取り組みは、社内起業を孤立させる方式から、外部知、スタートアップ、自治体、CVCを事業開発の実行装置として組み込む方向へ変化しました。さらにAIは企画支援にとどまらず、未知市場の探索、社内知識の再利用、顧客提供価値の試作を加速する基盤になりつつあります。従来は調査・企画・検証を順番に進めていた業務も、AIによって仮説作成と検証の往復を短縮し、少人数でも事業テーマを具体化できるようになりました。ただし、AIで案を増やすだけでは成果にはならず、既存資産を誰がどの市場で使うかという経営判断が一層重要になっています。
ビズスタに掲載されたイベント・セミナーでは、ソニーグループ株式会社がSony Acceleration Platformを通じ、アイデア創出から事業化、組織横断の連携までを支える仕組みを示しました。約1,000件の支援実績は、個別のスター社員に依存せず、新規事業を育てる共通基盤を持つ重要性を示しています。株式会社NTTドコモは、docomo STARTUPでのAI活用に加え、2024年4月にスピンアウトした株式会社SUPERNOVAと連携し、法人向けAIサービス「Stella AI」を社内DXに活用しています。これは社内発の技術を外へ出し、再び大企業の業務変革へ還流させる循環です。また、金野諭氏は富士フイルムがフィルム技術を化粧品・医薬品へ転用して売上2.2倍を達成した事例を示し、AI時代の差別化は社内に眠る固有知識の再定義にあると指摘しました。
これらに共通するのは、新規事業を「新しい案を選ぶ活動」ではなく、技術、人材、顧客基盤、外部パートナーを再配置する経営活動として扱い始めた点です。共創でも、出会いそのものではなく、速度のズレを分けて設計し、導入、M&A、スイングバイIPOまで含めて出口を考える動きが強まりました。翌年に向けては、AIファーストで探索速度を上げながら、PMF後の営業・開発機能をどう補強し、撤退も含めた資源配分をどう迅速化するかが問われます。
2025年(「良い撤退」で回す新規事業ポートフォリオ)
2025年の新規事業における中心課題は、アイデアや挑戦者を増やしても、事業を継続的な成長へ結び付けられないことでした。既存事業との優先順位の衝突、経営と現場の視点のずれ、人材・知見の不足によって、始めた事業が育たず、投資継続と撤退の判断も遅れやすい状況が見えてきます。IPA「DX白書」でも、DXを通じた事業変革と人材確保が課題として挙げられています。2024年には組織文化や社内起業、人材育成が主要な論点でしたが、2025年は「挑戦を促す」段階から、限られた資源をどの案件に配分し、何を事業化し、どこで見切るかを問う段階へ移りました。
従来の提案制度、PoC、オープンイノベーションは、着手の裾野を広げるうえで有効でした。しかし、アセット抽出や市場規模の算定、ビジネスモデル設計を丁寧に行うだけでは、顧客が価値を感じるかを十分に確かめられません。2025年に掲載された講演では、PoCでのPoV(Proof of Value)の深掘り、外部人材のスポット活用、データによる顧客体験の改善が重視されました。さらに、個別案件を成功させる発想から、「良い着工」と「良い撤退」を連鎖させるポートフォリオ管理へと、解決策の単位がプロジェクトから経営システムへ変化しています。
その変化を端的に示すのが、全日本空輸株式会社の「がっつり広場」です。コロナ禍に生まれた社員提案制度から、「飛行機の墓場ツアー」や「DXコンサル事業」を含む30件程度を実現しました。狙いは事業数だけではなく、正面業務とゼロイチを担う「二刀流人財」の育成にあります。一方、三菱電機株式会社は2020年設立のビジネスイノベーション本部で試行錯誤を重ね、2025年4月に「翻訳サイネージ」のサービスを開始し、10月には「しゃべり描き翻訳」を発表しました。JFEスチール株式会社も、製鉄所のDXで培ったサイバーフィジカルシステムやロボティクスの技術を、社外向けソリューションビジネスとして販売する方向へ進めています。これらの事例が示すのは、新規事業を既存事業から切り離すのではなく、現場で蓄積した技術、業務知識、人材育成を事業化の基盤に変える動きです。
共通するのは、探索の成果を単発の新サービスに終わらせず、人材、技術、顧客データ、外部パートナーを再利用できる資産として扱う点です。事業化に至った成果は確認できる一方、売上や収益性の数値は掲載情報からは読み取れません。だからこそ2025年の潮流は、成功事例を誇ることより、検証の質を高め、撤退も含めて次の投資判断へ知見を残す仕組みづくりにありました。翌年には、社内の延長線では得にくい外部知やAIスタートアップとの連携を、こうしたポートフォリオ運営にどう組み込むかが焦点になるでしょう。
2024年(PoCの先で問われた新規事業の市場実装力)
2024年の新規事業における中心課題は、アイデアや実証実験を、既存事業に次ぐ収益の柱へどう転換するかでした。市場変化が速く、既存の顧客基盤や営業組織を使えば革新性が薄れ、切り離せば拡大できないというジレンマが顕在化しました。IPA「DX白書」でも、デジタル変革を事業変革へつなげることが課題として指摘されています。前年まで重視された社内公募、アクセラレーター、オープンイノベーションは挑戦の入口を広げましたが、2024年はその先の顧客検証、協業設計、事業化後の成長が問われる段階に入りました。
従来の対策では、PoCの実施自体や起案件数が成果になりがちでした。新規事業担当だけが探索を担い、既存部門はリスクを抑える側に回れば、顧客の声を得ても商品化や販売網への接続で止まります。社内公募も、事業化率だけで評価すれば失敗を避ける提案に偏ります。ビズスタに掲載された2024年の講演では、撤退経験を次の起案に生かす株式会社リクルートのRingや、出向起業によって社外でゼロイチ人材を育てる株式会社NTTドコモの取り組みが示すように、個別案件の成否だけでなく、学習を蓄積する仕組みが重視されました。
変化を象徴したのは、既存資産を外部との共創によって市場投入まで動かす取り組みです。味の素株式会社は、一食完結型の宅配冷凍弁当「あえて、」を、事業部だけでなくグループ企業と外部企業も巻き込み、起案からわずか1年でリリースしました。大企業の意思決定の遅さを、協業先を早期に事業チームへ組み込むことで乗り越えた点が重要です。一方、株式会社三井住友フィナンシャルグループは、金融サービスの延長に閉じず、非金融領域のデジタル子会社を10社超へ広げました。これはデジタルを業務効率化の手段ではなく、顧客課題に応える事業ポートフォリオの変革手段として扱った成果です。Sansan株式会社のBill Oneが請求書受領サービス市場でマーケットシェアNo.1を獲得した事例も、バックオフィスDXという明確な顧客課題を捉え、新規事業を成長市場で定着させた到達点として位置づけられます。
これらの事例に共通するのは、新規事業を独立した「挑戦枠」に閉じ込めず、顧客接点、グループ資産、外部パートナー、人材制度を接続して市場実装を早めたことです。2024年の潮流は、探索の量を競う段階から、検証・撤退・協業を通じて学習速度を高め、既存組織にも還元する段階への移行でした。翌年には、事業を生み出す制度そのものを経営戦略や人材配置と結び付け、外部知も取り込んで成長を再現する仕組みづくりが、より重要になります。
2023年(新規事業を「制度」から「事業化の仕組み」へ変えた年)
2023年に企業が直面していた中心課題は、既存事業の成長だけでは環境変化に対応しにくいなかで、新規事業を次の収益の柱へ育てることでした。IPA「DX白書2023」でも、DXを通じた事業変革と人材・組織の変革が課題として挙げられています。ビズスタに掲載された講演からも、アイデア創出や社内公募、CVC、オープンイノベーションに着手する企業は増えた一方、実証実験から事業化へ進めない、既存部門を巻き込めない、事業を担う人材を育てきれないという壁が浮かび上がります。2022年までの「新規事業に挑戦する人材をどう増やすか」から、2023年は「挑戦を継続的な事業創出へどう接続するか」が主題になりました。
従来の対策では、制度や研修を設け、良いアイデアを選抜するところで止まりがちでした。既存の営業組織や顧客基盤に合わせすぎれば革新性を失い、逆に既存事業から切り離しすぎれば販売・運用の資産を使えず拡大しません。また、スタートアップとの連携も、協業先探し自体が目的になると事業成果へ結び付きません。そこで取り組みは、個人の熱意や単発のPoCに依存する形から、顧客検証、社内外の巻き込み、事業化判断、事業を担う組織能力を一体で設計する方向へ変化しました。市場に出して学び、計画を修正しながら育てるアジャイルな事業開発が、既存企業にも求められ始めた年です。
その到達点を示したのが、JR東日本スタートアップによる社内起業の仕組みです。創業から5年で通算1,077件の事業案を検討し、108件の実証実験を経て51件を事業化しました。その過程から株式会社TOUCH TO GOを立ち上げ、無人コンビニという形で企業資産を事業に転換しています。重要なのは、提案数ではなく、検証と事業化の間をつなぐ仕組みが成果を生んだ点です。三井住友フィナンシャルグループも、金融サービスの枠を越えて顧客ニーズに応えるデジタルサービスを生み出し、非金融領域のデジタル子会社を10社超へ広げました。新規事業を本業の周辺施策ではなく、企業の業態を変える手段として位置付けた事例です。さらにオムロン株式会社は、イノベーション推進本部(IXI)でプロセスと人財を組み合わせ、社内スタートアップのローンチと新事業創出を進めました。新規事業を生む能力そのものを組織に実装しようとした点に特徴があります。
これらの事例が示す潮流は、新規事業の成否をアイデアの独自性だけでなく、検証を繰り返せる組織、既存資産を使い直す設計、事業責任者を支える横断機能で捉えるようになったことです。生成AI、Web3、メタバースといった新技術も注目されましたが、2023年の本質は技術導入そのものではなく、顧客価値と事業化へ結び付ける実行基盤の整備にありました。翌年は、この基盤を前提に、PMFの見極め、既存組織への接続、プロダクトとしての成長へ論点が移っていきます。新規事業は「始める施策」から、撤退も含めて経営資源を配分し続ける経営課題へ変わり始めました。
2022年(既存アセットを市場開発へ転換した新規事業)
2022年に企業が直面した中心課題は、既存事業の延長では捉えにくい市場変化の中で、次の収益源をどう具体化するかでした。事業ポートフォリオを組み替えるには、技術の成長性だけでなく、顧客、供給網、競合の動きまで見極める必要があります。IPA「DX白書」でも、デジタル変革を事業変革につなげることの難しさが指摘されています。前年まで目立った新規事業のマインドセット醸成やアイデア創出だけでは、既存顧客が評価しにくい事業を育て、市場に届けるところまで進めにくくなっていました。
そこで2022年のビズスタに掲載されている講演からは、新規事業を「新技術による新商品」ではなく、自社が持つ顧客接点、データ、技術、組織能力を別の市場で再編集する営みとして捉え直す動きが見えます。探索の起点も、社内の発想だけから顧客課題や社会課題へ移りました。同時に、事業開発を一部の専門部署に閉じず、人事、マーケティング、外部パートナーを巻き込む仕組みづくりが重要になりました。新規事業を個別の挑戦で終わらせず、既存事業と異なる評価軸で継続できる組織課題として扱い始めた年だったといえます。
象徴的なのがキユーピーです。既存事業で培ったアセットを基盤に、食品の直販、D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)事業『Qummy』を立ち上げ、さらに「コンシューマータマゴ事業」も展開しました。重要なのは、既存商品の販路を増やすだけでなく、消費者との直接接点を新たな市場開発の基盤にしようとした点です。本田技研工業株式会社は、約400万台のコネクテッドデータを活用したサービスを10年以上提供してきた基盤を、新たな事業開発・事業拡大に結び付けていました。データを保有すること自体ではなく、長期運用で得た顧客接点を事業の素材に変えたことが成果です。一方、日産化学株式会社では、人事部が人材開発にとどまらず、事業開発と組織変革まで牽引し、イノベーター育成と新規事業創出を同時に進めました。この事例が示すのは、事業テーマより先に、挑戦を続けられる人材と運営の仕組みをつくる必要があるということです。
3社に共通するのは、既存資産を守る対象ではなく、新市場を開くための材料として扱った点です。ただし、講演概要には売上や利益などの数値成果は示されておらず、2022年は大規模な収益化の証明よりも、直販チャネル、データ活用基盤、社内人材育成という事業化の土台を築く段階だったと読めます。翌年には、この土台を使って新たな事業の柱をどうつくるか、スタートアップとの協業やPMF、両利きの経営へ論点が移ります。2022年は、新規事業を「アイデアを出す活動」から「自社の強みを市場で検証し続ける経営活動」へ転換した分岐点でした。
2021年(コロナ禍で問われた「探索」を事業化する力)
2021年の新規事業では、コロナ禍で急変した顧客行動に対応しながら、既存事業の延長では得られない成長機会をどうつくるかが中心課題でした。オンライン化、非接触化、個別最適化が一気に進み、従来の市場調査や社内のアイデア公募だけでは、事業化すべき課題を定めきれなくなりました。IPA「DX白書」でも、デジタル技術の導入だけでなく、ビジネスモデルや組織の変革が課題として挙げられています。実際、ビズスタに掲載されている講演には、アイデアの磨き方以前に「何を探索するのか」「不確実な仮説を誰が担うのか」に悩む企業の姿が表れていました。
足りなくなったのは、既存事業の効率化で培った計画・承認・管理の仕組みです。確実性を重視するほど、新市場の仮説は早い段階で既存の収益基準に照らされ、挑戦が止まりやすくなります。そこで取り組みは、単発の新規事業提案から、顧客接点で仮説を検証し、社内外の知見を組み合わせ、社員の行動自体を変える方向へ移りました。IDEOと日本事務器株式会社の議論が示したように、重要視されたのはアイデアの量ではなく、不確実性を恐れずに試すマインドセットと、それを許容する環境でした。新規事業は収益源の開発であると同時に、社員をリスキリングする実践の場として再定義され始めました。
その変化は、顧客体験を起点に既存の強みを組み替えた事例に表れています。オルビス株式会社は、体験特化型施設「SKINCARE LOUNGE BY ORBIS」を開設したうえで、IoTを活用したパーソナライズスキンケアサービス「cocktail graphy」を開始しました。店舗かECかという二者択一ではなく、ブランド思想を軸に接点を積層する発想へ移した点が重要です。株式会社LIXILでは、2019年に始動したビジネスイノベーションセンターから、玄関ドア用電動オープナーシステム「DOAC」を発売まで進めました。研究開発部門の技術を、社内起業と外部との共創を通じて生活課題の解決策へ変えた事例です。一方、株式会社LayerXは請求書処理AIクラウドサービス「LayerX INVOICE」をプロジェクト開始からわずか4ヶ月でローンチしました。高いセキュリティと可用性を確保しつつ、インフラ運用よりサービス開発へ資源を振り向けたことが、構想を市場投入へつなげています。
これらの事例が示すのは、2021年の成果が売上規模よりも、顧客課題に対する提供価値を具体的なサービスとして世に出せたかで測られ始めたことです。講演概要では継続利用や収益の数値は限定的ですが、パーソナライズサービスの開始、製品の発売、4ヶ月でのローンチという到達点は確認できます。共通するのは、技術を起点にするのではなく、顧客体験、生活上の不便、業務上の摩擦を起点にし、検証と実装を近づけたことです。翌年には、この探索を個人の熱意に依存させず、人材育成、横断コミュニティ、データ活用、事業成長の仕組みへどう接続するかが、次の論点になっていきます。
2020年(新規事業ではなく事業変革へ)
2020年の新規事業で企業が直面した中心課題は、既存事業の延長で新しい商品やサービスを足すだけでは、急変した顧客行動に対応できないことでした。アフターコロナを背景に、働き方、購買、営業接点が変わり、成熟企業には顧客価値から事業を組み替える必要が生じました。経済産業省「DXレポート」でも、既存システムや業務慣行が変革の障壁となる点が指摘されています。ビズスタに掲載されている講演からは、新規事業を独立した挑戦として扱うのではなく、デジタルを使って顧客との関係、業務プロセス、収益機会を一体で変える課題意識が浮かびます。
それまでの対策は、技術導入や新規テーマの探索に偏りがちでした。しかし、デジタル化自体は目的ではなく、顧客にどの価値を届けるかを定めなければ事業になりません。X-tech Matchup 2020 Onlineでは、株式会社チョープロの荒木健治氏らが、求められるのは新規事業そのものではなくビジネス・トランスフォーメーションだという論点を掲げました。これは、既存組織の一部で実験するだけでは、顧客の価値観や行動の変化に追いつけないという問題提起です。農業ビジネスでも、参入への関心が高まる一方で撤退が相次ぐ状況が示され、成長領域に入ることと、持続可能な事業モデルを築くことは別問題だと認識されました。
この年の変化を象徴するのが、既存の強みをデジタル基盤で顧客価値へ転換し、実行データを次の施策に戻す動きです。株式会社ミスミグループ本社は、製造業の生産性改革を目指す「meviy」(メヴィー)を新規事業として展開し、その急成長を支える基盤に Salesforce を位置付けました。ものづくり産業の社会インフラとして培った知見を、単なる製品販売ではなく生産性改革のサービスへ広げた点が重要です。一方、三井不動産株式会社は、法人向け多拠点型サテライトオフィス「ワークスタイリング」で Arm Treasure Dataを導入し、蓄積した顧客データをBIツールやMAの稼働につなげ、データドリブンマーケティングの企画・実行へ進みました。成果の数値は掲載情報に示されていませんが、両事例は新規事業の成長を、顧客接点とデータ活用の運用基盤まで含めて設計し始めたことを示しています。
共通するのは、デジタルを新規事業の付加機能ではなく、顧客理解、営業・マーケティング、サービス提供をつなぐ事業基盤として扱ったことです。2020年の潮流は、アイデア創出や参入判断から、顧客中心で事業を運営し直す段階への移行でした。翌年には、この基盤づくりを前提に、両利きの経営、社内起業、人材育成、データ活用をどう組織へ定着させるかが焦点になります。2020年は、新規事業の成否を問う視点が「何を始めるか」から「既存の事業構造をどこまで変えられるか」へ転じた年でした。
2019年(制度導入では越えられない、新規事業の再現性)
2019年に企業が直面していた中心課題は、次の10年、20年を支える新規事業を構想するだけでなく、業績に結び付く事業化を継続的に実現することでした。経済産業省「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」が変革の必要性を指摘するなか、オープンイノベーション、社内ベンチャー、アクセラレーターといった手法は広がっていました。しかし、ビズスタに掲載されている2019年の講演から浮かぶのは、制度や場を整えても、事業化まで到達し、さらに次の事業を生む企業は限られるという問題意識です。課題はアイデア不足ではなく、探索を既存組織の論理に埋没させず、事業として育て切る組織能力にありました。
従来の対策では、社内公募や外部連携を単発施策として運用し、挑戦する人材を本業の評価、意思決定、部門間調整の仕組みから切り離していました。そのため、個人の熱意や担当部署の力量に成果が左右され、成功しても方法が組織に残りにくかったのです。Next Culture Summitで株式会社ゼロワンブースターの鈴木規文氏、株式会社quantumの及部智仁氏、eiicon companyの中村亜由子氏、株式会社アルファドライブの麻生要一氏が問い直したのは、まさにこの再現性でした。新規事業を一部の起業家人材の活動とみなすのではなく、人事を含む全社が挑戦を支える企業文化と捉え直すことが、2019年の重要な転換点でした。
その変化を象徴するのが、外部知と組織文化を接続する取り組みです。株式会社ミーミルは、社内の資源や知見だけでは前例のないM&A、新規事業、新規プロジェクトに対応しにくいという課題に対し、アジアを中心とする世界20万人規模の現地エキスパートネットワークを活用する方法を示しました。これは、情報収集を補助業務にとどめず、第一人者の経験知を意思決定へ組み込むことで、未知領域への挑戦の成功確度を高めようとするアプローチです。一方、株式会社ゼロワンブースター、株式会社quantum、eiicon company、株式会社アルファドライブの視点は、外部とつながる仕組みだけでは不十分であり、全社を巻き込み、失敗や学びを次の事業開発に還元できる文化が必要だという点にありました。講演概要には個別の売上や事業化件数は示されていませんが、成果を単発のローンチではなく「連続的に生み出せる状態」として捉え始めたこと自体が重要です。
複数の事例から読み取れる2019年の潮流は、新規事業開発の焦点が「どの制度を導入するか」から「挑戦を事業化へつなぐ組織をどうつくるか」へ移ったことです。外部の専門知識を早期に取り込みながら、人事、事業部、経営が挑戦を支える設計をつくることが、再現性の前提になりました。翌年以降は、この文化・組織の問いがDX、顧客データ、事業変革へ広がり、新規事業を既存事業と並行して育てる経営課題へ発展していきます。
全体を通じて、掲載講演では新規事業をアイデア創出や制度導入にとどめず、既存の技術、顧客接点、人材、外部知を事業化に結び付ける経営活動として捉える構図が見られます。議論の中心は、組織文化と探索の仕組みから、顧客検証、市場実装、撤退を含むポートフォリオ運営、AIによる探索速度の向上へ移っています。
※登壇者の氏名・所属・役職は講演開催当時の情報です。現在の所属・役職とは異なる場合があります。
※本レポートは、ビズスタに掲載された「新規事業の成功事例」をテーマにした講演情報を元に傾向を分析しています。
※市場環境の参照:IPA「DX白書」、経済産業省「DXレポート」
編集者:ビズスタ市場調査チーム